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東京高等裁判所 平成2年(ラ)518号 決定

抗告人 石井米雄

右代理人弁護士 藤本高志

主文

本件執行抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  申立ての趣旨及び理由

抗告人は、「原決定を取り消す。」との裁判を求め、その理由として別紙のとおり主張した。

二  当裁判所の判断

1  本件競売手続は、その目的である抗告人所有の不動産(以下「本件不動産」という。)に設定された抵当権に基づき開始されたものであるところ、抗告人は、平成元年六月五日ころ、民事執行法一八三条一項四号所定の文書である右抵当権設定登記の抹消された登記簿の謄本を、原裁判所に提出するとともに、同条二項の規定に基づき、その執行処分の取消を求めたにもかかわらず、原裁判所が手続を続行して売却許可決定をしたのは、手続に重大な誤りがあると主張する。

そこで検討するに、本件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  抗告人は、本件競売開始決定がなされた平成元年一月三一日の後、同年七月二〇日ころまでの間に、株式会社東薬(以下「東薬」という。)の山本某と名乗る人物から、東薬は競売物件を扱う会社であり、本件競売事件について、抗告人に一切迷惑はかけず、損はさせないから任せてくれとの話を持ちかけられ、その後右申出を承諾し、その際紹介された小野塚清らに委任状を交付して、本件競売事件の処理一切を任せた。

(二)  東薬は、期間入札による本件競売に参加したが、麹町賃貸サービス株式会社が最高価買受申出人となり、買受けの目的を果たせなかつた。

(三)  そのころ抗告人は、本件執行抗告の代理人でもある弁護士藤本高志を本件の代理人とする委任状を提出する一方、本件申立債権者であるフアーストクレジツト株式会社(以下「フアーストクレジツト」という。)を相手方とする調停手続中の同年一〇月一三日(同日は、右入札の開札日に当たる。)、その申立てにより民事調停規則六条一項に基づく本件競売手続の停止決定を得、同年一一月二七日調停が不調となるや、同年一二月八日、本件競売手続停止仮処分決定を得て、それぞれ右弁護士によりその旨を各裁判の正本を提出して原裁判所に上申し、右手続は停止された。

(四)  藤本弁護士は、同月六日、フアーストクレジツトの訴外有限会社金沢溶断に対する本件抵当権の被担保債権につき、同社の連帯保証人兼物上保証人として、フアーストクレジツトに対し、五八〇四万〇三八九円の弁済提供をしたうえ、同社の受領拒絶を理由とする執行異議の申立てをし(右申立ては、前記仮処分決定がなされた日に取り下げられた。)、翌七日、同社に対し右同額を供託した旨通知した。フアーストクレジツトは、本件競売については、既に最高価買受申出人等が存在することから、弁済受領により問題が生ずることを懸念し、同社はその責任を負いかねる旨藤本弁護士に通知したが、平成二年五月三〇日、同弁護士が再び右とほぼ同額を弁済提供したため、その余の債権を放棄するとともに、これを受領し、同弁護士に対し、本件抵当権設定登記の抹消登記手続及び本件競売申立て取下げに必要な書類を交付した。その際、同社は、抗告人側に、最高価買受申出人等に関する問題については、同社が一切責任を追わない旨了解させた。

(五)  その間、本件不動産については、平成元年一二月五日付けをもつて、前記小野塚を権利者として、昭和六二年七月三〇日売買予約を原因として、所有権一部移転請求権仮登記(持分五〇〇分の一)がなされ、次いで、有限会社三愛建設に対し、平成二年四月一九日付けで、同年三月二九日売買を原因として、持分五〇〇分の一について所有権一部移転登記が、同日共有物分割を原因として抗告人の残余の持分について持分全部移転登記がなされている。これらは、抗告人から一切の処理を任されていた東薬や小野塚が行つた。

(六)  同年六月五日、原裁判所に対し、フアーストクレジツトの本件競売申立ての取下げ書が提出されるとともに、抗告人から、本件抵当権設定登記の抹消登記のなされた登記簿謄本を提出の上、競売手続取消しの上申がなされた。右取下げについて、最高価買受申出人及び次順位買受申出人の同意は未だ得られていない。

(七)  このような状況のもとにおいて、原裁判所が売却決定期日を指定したところ、抗告人は、本件競売開始決定につき執行異議の申立てをし、原裁判所は、右謄本の提出行為は、権利行使として許される範囲を逸脱する違法な行為であるなどとして、右申立てを棄却した。

以上の事実を総合すると、本件競売において最高価買受申出人になれなかつた東薬は、小野塚とともに、抗告人と相通じ、同人から本件の処理の委任を取りつけた上、麹町賃貸サービス株式会社が最高価買受申出人となつたことを知りながら、その地位を覆滅して本件不動産の所有権取得を妨げる一方、前記有限会社三愛建設にこれを取得させて不当な利益を図ろうと画策したものと認められる。

したがつて、前記登記簿謄本は、形式的には、抗告人主張のとおり民事執行法一八三条一項四号所定の文書に当たり、また、同号の文書については、同条一項三号所定の文書と異なり、同法七六条二項の規定の準用はなく、買受けの申出があつた後も、最高価買受申出人等の同意なくしてこれを提出しうると解するのが相当であるとしても、前記各事情のもとにおいて、右東薬や小野塚らに加担した抗告人が右謄本の提出をもつて執行処分の取消を求めることは、最高価買受申出人の不動産取得についての正当な期待的利益を侵害し、第三者及び自己の不当な利益を図るものといわざるをえず、右規定や同法七二条等、債務者・不動産所有者との利害の調整をしながら最高価買受申出人ないしは買受人の保護を図る諸規定の趣旨に照らすときは、これを許容することはできない。右のような行為によつて、競売手続の進行を阻止し、取り消すことは、最高価買受申出人の地位を極めて不安定なものとし、不動産競売制度に対する信用を害する結果となるものであつて、抗告人の右行為は、権利の濫用というべきである。

したがつて、本件競売手続を取り消すことはできず、抗告人の主張は理由がない。

2  よつて、原決定は相当であり、本件執行抗告は理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 塩谷雄 裁判官 松津節子 原敏雄)

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